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2017.08.26 (Sat)

メネス
おおむね紀元前3000年頃の古代エジプトのファラオ。伝承によると上下エジプトを統一し、第1王朝を興した。首都としてメンフィスを建設したとも。1898年に発見された「ナルメルのパレット」に記載されたナルメル王またはその子ホル・アハと同一人物であるとする説がある。
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ナルメルのパレット

サナクト
前27C前、エジプト古王国第3王朝の初代ファラオ(位:前2686-68)。ネブカー。ジョセル王の兄または父。第2王朝の王位継承者の女性と結婚して即位。メンフィスを都とし第2王朝末期の内乱を収め、シナイ半島のトルコ石、銅を採掘して財政を潤し王朝繁栄の基礎を築いた。
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王名が残された砂岩レリーフの破片

ジョセル
前27Cエジプト第3王朝のファラオ。ネチェリケト王。シナイ半島の鉱物資源によって得た富を用いて勢力を拡大した。イムホテプを宰相に起用。サッカラに史上初のピラミッドとされる階段ピラミッドを建設した。 王家のホルス信仰、ファラオの神格化も彼の時代に確立された。
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階段ピラミッド

イムホテプ
前27Cエジプト古王国第3王朝のジョセル王に仕えた宰相。トト神の神官出身。王のために世界初のピラミッドと言われる階段ピラミッドを設計し、サッカラに建設した。博学で特に医学に優れ、死後医学の神として崇拝された。その知識の先進性から、シュメール人の移民との説も。
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イムホテプ像

スネフェル
前27C-前26Cエジプト古王国第4王朝の初代ファラオ。クフ王の父。父王の階段ピラミッドを作り直したが後に崩壊したメイドゥームの崩れピラミッド、ダフシュールの屈折ピラミッド(途中で傾斜角が変わる)と赤いピラミッドと、試行錯誤が伺えるユニークなピラミッドを建設した。
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屈折ピラミッド

カフラー
前26C-25Cエジプト古王国第4王朝のファラオ。クフ王の子。ギーザ三大ピラミッドのうち2番目に大きいピラミッドと大スフィンクスを建設。ピラミッドに使われた赤色花崗岩はアスワン産で、ナイル川上流域に支配が及んでいたことがうかがえる。王の彫像は古王国時代の彫刻の傑作。
Khafre.jpg
カフラーのピラミッドと大スフィンクス

メンカウラー
前25Cエジプト第4王朝のファラオ。父はカフラー。ギーザの第3ピラミッドを建造した。他の2つのピラミッドと比較してはるかに小さく、財政の逼迫がうかがえる。1837年玄室から石棺と遺体の一部が発見されたが、大英博物館への輸送中に船が沈没し行方不明となった。
Menkaures_pyramid (1)
メンカウラー王のピラミッド

ウセルカフ
前25C前、エジプト古王国第5王朝の初代ファラオ(位:前2494-87)。第4王朝の血を引き、メンカウラーの王女と結婚して即位したが、王朝交代とみなされた。ラー神官を権力基盤とし、ラー信仰を重視した。硬砂岩製の胸像が残る。サッカラに高さ49mのピラミッドを建設。
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ウセルカフの頭像

サフラー
前25C前、エジプト古王国第5王朝の最盛期のファラオ。レバノンに海上遠征隊を送り杉と奴隷を獲得。東アフリカのプント国では没薬と孔雀石、リビア砂漠では家畜を得た。ピラミッドは小規模、粗雑で現在は崩壊しているが列柱を備えレリーフで装飾されたた先駆的な葬祭殿を建設した。
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神像と並ぶサフラー像

プタハヘテプ
前25C後-前24C前、エジプト古王国第5王朝の宰相。ジェドカラー王に仕えた。王の依頼で王子に授けた「宰相プタハヘテプの教訓」が名高い。「智者だけでなく愚者にもたずねよ」など哲学的な格言集で後世の王や官僚の必修テキストとなり彼はイムホテプと並ぶ賢人と評された。
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プタハヘテプ像

ウェニ
前24C後-前23C前、エジプト古王国第6王朝を支えた宰相。ペピ1世とメルエンラー2世に仕えた。下級官吏出身だが権勢を誇る有力貴族に対抗したい王の「便利屋」を担って出世した。5度に渡りパレスチナに遠征。ヌビアの総督としてはナイル川上流域に5本の運河を開通させた。
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古代エジプトの軍隊

メリカラー
前21C前、エジプト第1中間期に上エジプト北部を支配した第10王朝(ヘラクレオポリス政権)のファラオ。父王ケティ3世が彼に授けた「メリカラー王への教訓」が名高い。同書では第11王朝(テーベ政権)との友好を説くが結局メンチュヘテプ2世に攻め込まれ彼の死後王朝は滅亡。
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ヘラクレオポリス遺跡

【メンチュヘテプ2世】
前21Cエジプト第11王朝(上エジプト)の王で、中王国最初の王。北進して下エジプトの第10王朝を滅ぼし、エジプトを再統一して140年に及ぶ分裂時代(第1中間期)を終結させた。このため中王国では第11王朝の首都であったテーベが首都となった。

【アメンエムハト1世】
前20C前、エジプト中王国第12王朝のファラオ。子はセンウセレト1世。第11王朝の将軍だったがクーデタで王位を奪う。王位継承の安定化を図り初めて子との共同統治システムを導入。最期は暗殺されたが事件は「アメンエムハト1世の教訓」と「シヌへの物語」に描かれる。

【センウセレト1世】
前20C、エジプト中王国第12王朝の第2代ファラオ。父は王朝創始者アメンエムハト1世。父王の生前から共同統治。父王暗殺後の混乱を収拾。ヌビアに恒久的な駐屯地を築き、オアシス地帯にも進出。多くの新たな鉱山を得て経済的に繁栄し大規模な建設事業を展開した。

【アメンエムハト2世】
前20C後-前19C初、エジプト中王国第12王朝第3代ファラオ。センウセレト1世の子。王領の穀倉地帯が王権強化に不可欠と考え大湿地帯ファイユーム地方の干拓に着手。事業は曾孫アメンエムハト3世の代に完成。国際化が進みメソポタミアやエーゲ海から人・物が流入。

【センウセレト3世】
前19C、エジプト中王国第12王朝最盛期のファラオ。官僚制を整備して第1中間期以降権勢を誇った諸侯の所領自治権を奪い王権を絶対化した。領土は最大版図に達し経済的にも繁栄して大葬祭殿とピラミッドを建設。ヘロドトスが伝える大王セソストリスは彼の伝承が基とされる。

【アメンエムハト3世】
前19C後-前18C初頃、エジプト中王国第12王朝最盛期のファラオ。父はセンウセレト3世。治世中曽祖父アメンエムハト2世が始めたファイユーム干拓事業が完成。シナイ半島の鉱山開発と併せ莫大な利益をもたらす。巨大な葬祭殿はクノッソス宮殿を上回る迷宮と呼ばれた。

【イアフメス1世】
前16C、エジプト新王国第18王朝の初代ファラオ(位:前1570-46)。父と兄は第17王朝(上エジプト)のファラオ。ヒクソス系の第15王朝(下エジプト)を滅ぼしてエジプトを再統一、新王国時代の幕を開けた。ヒクソスを追ってパレスチナ、南はヌビアにも遠征。

【トトメス1世】
前16C末-前15C初、エジプト新王国第18王朝のファラオ(位:前1506-前1493)。父王アメンホテプ1世が保護した新興のアメン神官団を支持基盤とした。シリアに遠征してミタンニを破り戦利品を基に父が始めたアメン神を祀るカルナック神殿の造営を続けた。

【ハトシェプスト】♀
前15Cエジプト新王国第18王朝のファラオ。トトメス3世の継母。夫トトメス2世の死後、ファラオは男性という慣例を破り王位についた。平和外交をすすめ、交易でエジプトに繁栄をもたらした。ルクソールの女王葬祭殿は名高い。王家の谷で発見されたミイラが残る。

【トトメス3世】
前15C古代エジプト第18王朝のファラオ。最大版図を築いた「エジプトのナポレオン」。継母ハトシェプスト女王の治世下で長期間軍隊で過ごす。即位後、女王時代の平和外交から転換し周辺諸国への遠征を繰り返した。前1479年メギドの戦いでシリア・パレスチナに覇権を確立。

【トトメス4世】
前15C後-14C前、エジプト新王国第18王朝のファラオ(位:前1419-前1386)。アメンホテプ3世の父。ギザの大スフィンクスを修復した経緯を示す「夢の碑文」で知られる。強大になったアメン神官団と対立。ヒッタイトに対抗してミタンニと同盟し平和を回復。

【アメンホテプ3世】
前14Cエジプト新王国第18王朝のファラオ。アメンホテプ4世の父。絶頂期にあった王国を継ぎ、貢納、交易で得た莫大な富を使ってマルカタ宮殿で豪奢な宮廷生活をを送った。アメン神を篤く信仰し、ルクソール神殿を建設。自身の葬祭殿は破壊されたが、メムノンの巨像が残る。

【ハプの子アメンホテプ】
前14C前、エジプト新王国第18王朝の建築家。父ハプも建築家。アメンホテプ3世に仕え王の大建築事業を取り仕切った。マルカタ宮殿、ルクソール神殿、メムノンの巨像のみが現存する王の葬祭殿を建設。彫像にも優れ後世にイムホテプの兄弟神として崇拝された。

【ネフェルティティ】♀
前14Cエジプト新王国第18王朝アメンホテプ4世の妃。ツタンカーメンの義母。6人の王女を生んだ。熱烈なアトン神崇拝者で、アマルナ革命の主導者とされる。前1336年以降記録から姿を消すが、その後ファラオになったとの説も。美しい彩色石灰岩彫刻の胸像で知られる。

【ツタンカーメン】
前14C古代エジプト第18王朝のファラオ。即位後父王アメンホテプ4世が廃止したアメン信仰を復活させ、首都をアマルナからメンフィス、テーベに戻した。若くして死に、王位は大臣のアイが継いだ。1922年考古学者ハワード・カーターが王のミイラと副葬品が残る王墓を発見。

【アンケセナーメン】♀
前14Cエジプト新王国第18王朝ツタンカーメン王の妻。父はアメンホテプ4世、母はネフェルティティで、父の生前は父の妻だった。夫との間に子はなく、夫の早世後はファラオを継いだアイの夫となる。アイとの結婚を避けるためにヒッタイト王子との結婚を画策したとの説も。

【アイ】
前14Cエジプト新王国第18王朝のファラオ。ケペルケペルウラー王。ミタンニ系の神官出身。 ツタンカーメン王の時代に大神官となり、その死後アンケセナーメン王妃と結婚して自ら即位した。ツタンカーメンを暗殺したとの俗説があったが、現在ではツタンカーメン自然死説が有力。

【ホルエムヘブ】
前14C後-前13C初、エジプト新王国第18王朝最後のファラオ。宰相アイとともにアメンホテプ3世、アメンホテプ4世、ツタンカーメン王に仕えた将軍だった。先に即位したアイの死後即位。アマルナ革命の痕跡を一掃。配下の将軍だったラムセス1世に禅譲(第19王朝開始)。

【ラムセス1世】
前13C初、エジプト新王国第19王朝の初代ファラオ(位:前1295-94)。子はセティ1世。宰相、将軍として第18王朝最後のファラオ、ホルエムヘブに仕え、その遺言により後継者として即位。行方不明となっていたミイラが2000年米国で発見されエジプトに返還された。

【セティ1世】
前13C前、エジプト新王国第19王朝のファラオ(位:前1294-79)。父はラムセス1世、子は大王ラムセス2世。シリアに遠征してヒッタイトと争う。アマルナ文化を一掃し伝統的なエジプト文化を復興。彼の葬祭殿のヒエログリフが近代兵器に見えるというオカルト話も知られる。

【ネフェルタリ】♀
前14C-前13Cエジプト新王国第19王朝ラムセス2世の王妃。若くして死去したが、ラムセス2世は碑文で彼女の美しさを讃えている。アブ・シンベル小神殿は彼女に捧げられた神殿で、彼女の2体の巨大石像がある。王妃の谷にある墓も名高い。

【メルエンプタハ】
前13C末、エジプト新王国第19王朝のファラオ(位:1212-02)。父はラムセス2世。父王の長期在位のため60歳を超えて即位。前1200年のカタストロフの影響で飢饉が発生。海の民とリビュア人が連合して侵入するが撃退。イスラエルに言及する最古の戦勝碑文が残る。

【ラムセス3世】
前12Cエジプト新王国第20王朝のファラオ。北東から侵入する「海の民」を撃退し、その一部をパレスチナに入植させ緩衝地帯とした。西から侵入するリビア人も撃退し、その後傭兵として取り込んだ。神官勢の影響力には抗えず、多額の奉納を行った。最期は家臣により暗殺された。

【ヌビアのピイ】
前8C、エジプト第3中間期の第25王朝の初代ファラオ(位:前747-22)。ピアンキ。クシュ(ヌビア)の王だったがエジプトに侵攻し占領。王都ナパタ近郊のゲベル・バルカルのアメン神殿拡張、エル=クッルにピラミッドを建設。これ以降ヌビアにピラミッドが盛んに作られる。
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